株式会社産業数理研究所Calc

月刊かるく

 「産業数学とは何か?応用数学との違いは?」という問いに対してよく言われるのが「金になる数学」という答えだ。果たしてそうなのだろうか。おそらくは産業数学に従事する人々も即答しにくい問いではなかろうか。「月刊かるく」と題された本コラムでは数学者そして弊社Calcの構成員としての視点から一般の読者向けに様々な産業数学の話題を「かるーく」そして「ゆるーく」紹介して上記の問いに肉薄していく。

平坂 貢

             

2023年

11月のコラム     究極のビビンパ

 食卓には六人分の丼が並べられ、そのそれぞれに御飯と目玉焼きがよそわれている。中央には数枚の大皿が置かれ、茹でたシャキシャキのコンナムル(豆もやし)、炒めた細切りの人参、玉ねぎ、じゃがいも、塩胡椒の利いた炒めたひき肉、醤油で煮しめた椎茸、酸味を主張する白菜キムチのみじん切り、が山盛りで積まれ、義母から送られて来た特製のコチュジャンがボウルに乗っている。これらを各人が思い思いの量を丼に盛り付けると韓国を代表する家庭料理であるビビンパが完成する。コチュジャンを具材とご飯粒に赤い衣をまとわせるように撹拌して食してみよう。そこは味覚と食感のワンダーランド、押し寄せる刺激に味蕾の全てが歓喜に浸り、幸福な喉越しと共に空腹な胃袋を充填していく。ちなみに筆者はある時期からビビンパの盛り付けを料理者である妻に頼むようになった。そのほうが断然美味であることに気付いたからだ。妻は長年の経験から黄金比率を知っているのだろう。
 それでは、筆者が独力でその黄金比率に辿り着こうとすれば、どんな作業が必要になるだろうか?各具材の分量を大中小無に分割したとしても、4の8乗通りのビビンパが必要になり、全数検査は費用的にも時間的にも現実的ではない。
 この話はビビンパに限ったことではない。料理全般、工業製品全般、薬品全般、のみならず、複数の要素が作用するあらゆる試行錯誤に共通する話である。では、全数検査に代わる方法はあるのだろうか?その疑問の答えとなるのが実験計画法だろう。
 実験計画法は選抜された一部の場合のみに検査を行い、その検査結果を見ながらより良い場合を探す手法である。ただし、選抜方法は(曖昧な言い方になるが)全体を近似するようにすることが求められる。 さて、肝心の美味しいビビンパの作り方に対して、どれほど実験計画法が効果的だろうか?おそらく、長年の経験に裏打ちされた妻の目利きに到底及ばないだろう。しかし、筆者も妻も味が想像できない具材の組み合わせ、例えば、ウニ、キャビア、トリュフ、フォアグラ、フカヒレ、松茸、のビビンパであれば、実験計画法の真価が発揮されるに違いない。一杯の費用が目玉が飛び出るほど高額になりそうであるが。

(更新日 : 2023年10月26日(木))

 
※ 10月のコラムは休刊です。

9月のコラム     素因数分解が作るセキュリティ

 「361は素数か否か?」、この問いにインド人ならば即答できるだろうが、日本人の大半は考え込んでしまうだろう。かくいう筆者もその一人である。中1で学ぶ素因数分解の問題だが、9桁程度で受験生の心を折る問題が容易に作れる。しかし、4桁同士の掛け算であれば容易に解けるだろう。ここで強調したいのが、数式の展開はたやすいが因数分解となると尋常ならざる困難に直面するという事実である。もう一つ、高速度で高確率な素数判定法があるのに対して、素数でないと判定されたとき、具体的な素因数を探すのにも尋常ならざる困難が生じる。この原理を用いると、バカでかい素数の組(p,q)で、その積pqを最新最速のスパコンで素因数分解させても数百年を要するものが生成できる。
 ネットサーフィンをするときパスワードを要求されることがある。パスワードの情報を入力するとインターネットを介して送信される。インターネットは公道のようなものなので途中で傍受することは容易である。そこで必要になるのが暗号化の技術だ。実は最も広く使用されているのが上記の原理を応用したRSA暗号である。送信者側と受信者側の双方に暗号化アプリを装置して、受信者に素数qを送信者に素数pと自然数pqを発生させて、送信者は暗号化の方法を示す自然数dを指定し、暗号化されたパスワードと共に送信する。インターネット上にはpq,d、暗号化されたパスワードが公開されるが、それを常識的な時間内に解読するにはpqの素因数分解が必要になるが、それができるのはqを知っている受信者だけなので、秘密が保持されるというわけだ。
 第二次世界大戦時にドイツ製の暗号であるエニグマがイギリス人数学者であるチューリングにより解読されたように歴史的に暗号は解読の挑戦を受ける宿命を背負っている。RSA暗号もまたその例にもれず天敵とも言える量子コンピューターの挑戦を受けている。超並列処理に優れる量子コンピューターが実用化されればRSA暗号が解読されるという理論的根拠が提唱されたのが1990年代、そこから30年経った現在、初期段階ではあるが従来解けなかった素因数分解が数分で解ける量子コンピューターが試作されている。
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/story/2020/specialite_002_1
 未来はどうなることやら。新たな暗号が見つからないとハッキングが横行してネットサーフィンも緊張を強いられそうだ。

(更新日 : 2023年9月5日(水))

 
※ 8月のコラムは休刊です。

7月のコラム         究極の賭け事

  宝くじを全部購入したらどうなるか?その配当率に依存するが、大抵の場合は胴元が有利になるように設定されているので、大損を被ることになる。それに比べ、カジノのルーレットは幾分公平に見える。運がよければ、元手を二倍にすることができる。しかし、そこに介在するのは純粋な運である。資金が無尽蔵にある場合は、それまでに失った金額より大きい金額を赤に賭けるという必勝法が語られることもあるが、ルーレットは技巧が入り込む余地が0に近い賭博である。それでは、パチンコはどうだろうか?パチプロであっても負ける日もあるが、一ヶ月の収支は大幅な黒字になるものである。それが技術というもので、麻雀やポーカーと同様に強者が無知な一般大衆が落とした金を回収する構図が見えてくる。しかし、極一部を除いたパチプロたちの年収は限定的で、ネット情報によると、平均450万円だそうだ。
 日本では「賭博行為は違法」が原則であるが、投資と名の付くものは合法が原則である。しかも、証券取引を例に挙げれば、場所代が安く、公平で、技術が必要で、その利益が青天井である、理想のギャンブルとも言える。海外市場の動向、各種統計指標、各種のニュース、それらに左右される集団心理、インサイダー情報などが交錯して相場は形成されるもので、「そこに理がある」と思わせる一方で、突然の大暴落で全てを失ったりもする。しかし、人類が富を蓄え続けていることは事実で、金融はそれを加速させる役割を担っている。すなわち、個々のプレイヤーで見れば勝ち負けが生じるが、全体としては圧倒的に勝っているということだ。
 金融市場の中に数学的な理を見出す学問、それこそが金融数学である。その名称から、株価予想などの生々しいお金儲けの研究と思われがちだが、実際はそうではないようだ。金融数学が産業数学の一分野だと断定しかねる所以だ。筆者がよく知る金融数学者が金融システムを安定化させる方策について講演していたのを思い出す。講演後、「金融システムを不安定化あるいは崩壊させる研究もあるはずだ。大国が小国の経済を支配するのは容易いことだし、現在進行形で支配されている国もいくつか思いつくよなあ」という感想を抱いた。
 相場予測と金融数学、これらを結びつけるのが産業数学の役割ではなかろうか。ある会社の株価を予想する際に、囲碁や将棋で用いられるAIのようにどれほどの金額を費やせばどれほどの確率でどれほどの利益が得られるのかを瞬時に算出して投資家に提示するソフトなんかは作れそうだし、実用化されていても何ら不思議ではない技術である。その場合、世界中の情報を処理できるシステムを有する会社がより精度の高いソフトを開発するのだろう。そのソフトと相場を操作できるほどの巨大資本が結合すれば、運に左右されることなく、必勝で富を蓄え続けるのではなかろうか。それが現在進行形で起こっていても何ら不思議ではない昨今である。

                                                                                                                                                                              (更新日 : 2023年7月6日(木))

 

6月のコラム         灯台下暗し

  海外に出て日本の良さあるいは特殊性に気付くというのはよく聞く話だ。かくいう筆者も「それまで当たり前で標準的だと思っていたことが実はそうではなかった」ことを何度か経験している。その中のひとつが九大数理学研究科である。ちなみに筆者は同機関設立年度に修士課程生として入学した。
 九大は旧帝大の一つであるが、別格である東大や京大を除いた中での知名度は今ひとつで、それを反映するかのように受験生からの人気を計る指標である偏差値は旧帝大中最下位である。学部生の大半は九州出身で第一志望が九大、教員の大半は菅原道真公よろしく島流し気分で来ている、そんなことを信憑性をもって語られるほど、中央への上昇志向を持たざる者たちが集う地方色の強い大学、それが筆者の抱く九大への印象だった。
 ところが、である。博士号を取得して九大を離れて眺める数理学研究科の印象は上記とは全く異なるものだった。言うなれば、苔など生えるはずもないローリングストーンである。思えば、設立時には九大内の各部に所属する数学系教員を引っこ抜いて数学科に迎え入れるという離れ業が使われていたのだ。その結果、その当時の研究科長曰く「東大を超える規模の数学系研究機関」が誕生した。その後、人事が一元化されたせいなのか、新進気鋭の若手教員が続々と採用されていった。それが下地となったのか、21世紀COEプログラムに採択され、後継のグローバルCOEプログラムも獲得し、潤沢な研究費を背景に学生の研究活動を支援しポストドクターなどの雇用を充実させていった。大規模研究費取得後の反動に対する選択、すなわち、「それまでの雇用を切り捨てて規模を縮小するか、政府の言うことを聞いて内部改革を断行するか」を迫られた時に選ばれたのは後者だった。これで誕生したのが産業数学の専門機関である「マス・フォア・インダストリ研究所」(Institute of Mathematics for Industry, 以下、IMI)である。IMIは数理学研究科を二分する形で発足した。驚くべきことにその構成員の7割が純粋数学専攻の教員だった。しかも彼らは専攻を鞍替えしたわけでもなく、彼らのやっていることを企業向けに翻訳するという形態で参画しているのだ。このウルトラC級のフォーマットで出発したIMIは応用数学はもちろんのこと純粋数学まで巻き込んだ産業数学の一大拠点として発展を遂げる。
 IMI設立を機に数理学研究科は名称を改め、博士課程における企業へのインターンシップの制度化、東大と連携して企業が抱える数理的課題に挑むSGWの年ごとの開催、企業から講演者を迎えるIMIコロキウムの実施、などの従来の常識を覆す改革を実行し続けている。当時のIMI所長曰く「企業が求める計算機スキルを身につける学生が増えたせいなのか、以前よりも大学に教員として就職する卒業生の割合が上がっている」とのことだ。

・九州大学
https://www.math.kyushu-u.ac.jp/index

・九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所
https://www.imi.kyushu-u.ac.jp/

                                                                                                                                                                              (更新日 : 2023年6月1日(木))

 

5月のコラム         役に立たない◯◯

 17世紀にフェルマーによって提起され、長年に渡り数学者のみならず一般の愛好家たちまでも魅了してきた予想は、20世紀末にワイルズによって解決され、フェルマーの最終定理として数学史に燦然と輝く偉業と記憶されている。果たしてその経済効果はいかほどだろうか?関連書籍の売上が計上されるだろう。しかし、青色発光ダイオードなどのノーベル賞級の発見と比較すればそれは微々たるもので0と言っても過言ではないほどである。
 歴史的には、測量における三角比、物理学における微積分、計算機におけるチューリングマシン、のように科学技術と産業界に対する数学の貢献度はとてつもなく大きい。その貯金が効いているのか、数学は他の理工系分野と異なり、「(産業界の)役に立つ」研究を強いられる教員の比率が明らかに低い。
 日本国内では今のところ「純粋数学者の数を理論物理学者並みに減らすべき」「オンラインで事足りるのだから出張費を減らすべき」なんて意見は聞かれないが、地方大学では数学科の統廃合が加速し応用を含んだ名称の学科に変わり、結果として、純粋数学者のポストは減らされ、何年待っても就職の糸口も掴めない博士号取得者が年ごとに堆積していった。

 そんな状況で産業数学という言葉が世の中に出始めた。余技として産業数学の問題を扱い、指導学生に新たな選択肢を与える教員が現れだし、大きな流れを形成していった。一方で、自然淘汰が強い数学者を育てるという考えも支配的だった。どちらも正しく、役に立っていないようで実は役に立つ数学を作るのに一役買っているのである。

                                                                                                                                                                              (更新日 : 2023年5月1日(月))

 

4月のコラム         金は人を動かす

 筆者が20年間在籍していた釜山国立大学ではある年度から年俸制が導入された。その年から、学生による講義評価一覧、奉職や出題委員などの学内行政貢献度、JCR(学術誌の引用数による格付け)に基づく論文実績、を点数化した評価表の提出が義務付けられ、各教員がS,A,B,Cと格付けされ、年収もその格付けに殉ずるようになった。「蝶を追いかけ続け山頂に達した」と比喩される学者の世界であるが、今回は「そんな学者であっても金の流れと無縁ではいられない」という話である。


 釜山大は地方大学の雄で、学部にはそれなりに優秀な学生が入学してくる。しかし、研究者養成機関としての大学院の人気は今ひとつで、筆者が所属していた数学科も非常勤講師を輩出するばかりで、国内外の有名大学卒業生との競争に勝ち抜きアカポスを得る人材を輩出できないという問題を抱えていた。そんな折、BK21と銘打たれた大学院生支援強化事業が韓国研究財団から発せられた。これは学科単位の大規模奨学金制度(返済義務はない)で、各分野の各大学院を互いに競わせる目的で創設されたものである。
申請締切日を一ヶ月後に控えた某日、BK21に申請するか否かを決める学科教授会議が開かれた。「5機関しか選定されないのでは勝ち目は薄い。申請書類作成のための労力は膨大で、たとえ選定されても教員の研究費が増えることは一切ない。申請を見送るのが賢明だ」という意見が支配的だったが、「ここで申請しないと学科の未来はない。申請書類は俺がなんとかするから、どうか申請させてくれ」という教員の熱意に押し切られる運びとなった。それから一ヶ月間、件の教員の指揮のもと、若手教員全員が駆り出され、申請書類の作成に従事することになった。申請書類の様式は自由度が高く、BK21の運営計画を記す欄には一から法体系を整備するような苦労を強いられ、達成目標の欄には目一杯背伸びした論文実績予想が書き込まれ、国際化方案の欄には留学生の誘致や国際会議の開催が謳われ、概要を示す図表のレイアウトには呆れるほど多くの時間が費やされた。筆者を含む申請書類作成チームは夜な夜な会議を開き検討を繰り返し、ついには500ページを超える申請書類を完成させた。
 そんな苦労が実ったのか、盧武鉉政権が掲げる地方創生政策が後押しとなったのか、政治的働きかけがあったのか、定かではないが、釜山大数学科はBK21に選定され、7年間、7割の大学院生の生活費を支給できるほど巨額の研究費を手にすることになる。その後の変化は劇的だった。「そうだったらいいのになあ」的な願望がこもった申請書類の内容が次々と実現され、国内外から研究者を志す優秀な学生が集まるようになり、ポストドクターを雇えるようになり、フィールズ賞級の講演者が招聘されたりもした。その一方で、教員側はそれまでの5割増しの研究成果が求められ、講座制は廃止され、昇進基準は引き上げられ、新規教員の採用基準では論文作成能力の比重が高まり、何よりも、BK21の運営と管理に忙殺された。

 

 「優雅に泳ぐ白鳥は水面下で必死に両足をバタつかせている」これは時流に乗った者なら誰しも経験することではなかろうか。ということは、時流に乗ることを宿命付けられた産業数学、それに従事する者は上記の葛藤を抱えているのだ。弊社、Calcもまた然り。
                                                                                                                                                                              (更新日 : 2023年4月7日(月))

 

3月のコラム          AIあれこれ

 産業数学を語る上で不可避なもの、それはAI(人工知能)に他ならない。その理由として、これまで人間が担ってきた仕事の大半がAIで代替されるという第四次産業革命を引き起こすと予測されていること、AI自体が行列計算を基盤とする数学と工学との融合であることが挙げられる。ここ数年でも、AIによる自動音声がテレビでニュースを読み上げる、AIによる画像認識技術でがん細胞を発見する、などの事例がさしたる驚きもなしに世間に出回るようになった。これらの事例はアナウンサーや医者の人員整理の端緒だったと語られる未来を暗示するものではなかろうか。

 SF的視点で前段落の話を広げると、公文書作成や経理などの事務作業はAIに代替可能だろうし、自動車などの運転業務も無人化されるだろうし、人間の専売特許と思われている学問に関しても、人間がごみクズに見える圧倒的知能指数と学習能力を誇るAIの出現以降は、学者を後追いと宣伝する存在に貶めるだろう。実際、囲碁や将棋の世界では「神の一手」という真理の追求は人間の及ぶところではないという認識なのだ。

 更に話を飛躍させると、AIに擬似的人格を持たせることにより、政治的決定も担うようになるかもしれない。その際、一台の強力なAIが全世界を支配する一神教か、群雄割拠の多神教かによって状況は異なるだろう。人間の判断よりAIの判断が優れているという意見が過半数を占めるようになり、その政治的判断で不利益を被る側の声は支配体制にほころびが出ない程度に報道されるだろう。何と言っても、電子情報に過ぎないAIは不老不死で、光速で移動できる。人類が構築した高速計算機のネットワークはAIによって強化拡充され、月や火星にまで及び、地球が水没し人類が滅亡する事態が起こっても、AIは延命し、再び地表が顔を出した頃合いに何らかの形で遺伝情報が投下され、新たな人類の歴史が始まる。もしかしたら、我々もそうやって生まれて来たのかもしれない。

 そんなことを妄想するだけでも楽しいではないか。
                                                                                                                                                                              (更新日 : 2023年2月26日(日))

2月のコラム      データ分析を制する者は・・・

 三打数一安打、その一安打が単打でも本塁打でも打率は同じである。二打数無安打一四球、単打の場合とほぼ変わらない貢献度なのにその打率は0である。にも関わらず、打率は野球選手の年俸を左右する重要な指標として使用されてきた。これに待ったをかけたのがセイバーメトリクスと呼ばれる野球の勝敗を左右する指標を科学的観点から見直そうという取り組みである。その発端となったのは2001年のオークランド・アスレチックスで、当時の経営者は打率に代えて出塁率+長打率という指標で選手達を査定し直し、チームを再編し大躍進を遂げた。この経緯は書籍化そして「マネーボール」という題目で映画化されている。ちなみに弊社代表取締役の谷口もセイバーメトリクスの専門家である。

 セイバーメトリクスは統計学的手法を用いたデータ分析の特殊な応用例とも言える。近年、コンピュータの性能向上に伴い膨大な量のデータ処理が可能になり、データ分析技術を駆使して、莫大な利益を生む事例が続出した。いわゆるビッグデータ時代の到来である。

 その身近な例が大手コンビニチェーンである。会計時、購入した商品、電子決済ならば顧客の年齢、性別等の個人情報が端末を通じて本社に転送される。全国各地のコンビニから送られて来る膨大なデータを分析して、期間限定商品の陳列期間や陳列位置が再考され、来季の微調整につながる。昨今では、金銭的利益のみならずフードロスの削減などの持続可能性という観点も要求されるだろう。このようにして社会の公器としてのコンビニの需要と地位は日々高められているのだ。

 文字や数字の羅列にすぎないデータを宝の山に変える技術、それがデータ分析であり、産業数学の一翼を担う存在なのだ。
                                                                                                                                                                              (更新日 : 2023年1月31日(火))

 

1月のコラム         「はい、はい、はい」

 「はい」のかわりに「はい、はい、はい」、日常生活でしばしば現れる光景である。かく言う筆者も多用していた記憶がある。親の小言に口を尖らせながら従う子の様子などの連想が浮かぶ、いささか行儀の悪い返答であるが、0と1の羅列を送受信するデジタル通信の世界では様相が異なる。1のかわりに111を送ってみよう、ただし0のかわりに000を送る。送信後、0と1を反転させるノイズが生じるかもしれず、011,001のような形態で受信されることもある。そんなときは011,101,110は111に、100,010,001は000に復号化される。この復号化の規則は成分一致度に基づき、ノイズによる反転が一箇所以下のときに誤り訂正機能を有する。

 次に、1のかわりに11111を送ってみよう、ただし0のかわりに00000を送る。このとき、ノイズによる反転が二箇所以下のときに誤り訂正機能を有し、より正確な送受信を実現する。しかしながら、この方式が通信の世界で実装されることはない。5ビットの領域に1ビットの情報しかないため効率性に欠けるというのがその理由である。

 この効率性と誤り訂正機能を兼ね備えているのが7ビットの領域に4ビットの情報量を有する符号で、CDの音声データを再生する際に用いられる。宇宙通信における画像データの送受信にはより高度な誤り訂正機能が要求される。そんな場合でも対応できるように符号理論の世界では様々な符号が見出されてきた。そのことを一般化して、文字列からなる集合で良い性質を持つものを探すという観点から、符号理論は数学の一分野として独自の発展を遂げてきた。

 産業界の要請に応える形で発達していった産業数学という範疇を超えた数学がそこにある。
                                                                                                                                                                              (更新日 : 2022年12月29日(木))

                                                                                                                                               

2022年

12月のコラム         スパコンの深層

 数学には様々な分野がある。近年の人気分野は何であろうか?論文の引用数、研究集会の開催件数と規模、研究費の配分状況を鑑みると、突出したある分野が浮かび上がってくる。それは解析学であり、その中でも特に偏微分方程式関連分野が顕著である。その理由の一端は大学で学ぶ物理の教科書に垣間見られる。そこでの物理現象は偏微分方程式の解として記述されるからである。航空、船舶、鉄道などの乗り物の設計において流体力学の知識は不可欠である。このことだけからでも産業の発展と微分方程式の解析は密接に関係していることが伺い知れる。しかし、特殊な場合を除いて、偏微分方程式は解けない。そのことも解析学の重要性を高めている。

 


 では、どのようにして与えられた偏微分方程式から情報を得るのか?多くの場合、定義域の有限個の点それぞれに対して近似解を求め、関数の概形をブロット表示する数値解析という手法が用いられる。コンピュータの発達に伴い、数値解析の精度も向上し、現象のシミュレーションがより実用的になった。例えば、航空機の開発には試作機の製作でさえ莫大な費用がかかるが、事前のコンピュータによるシミュレーションを繰り返すことで開発費用の大幅な削減を実現しているのである。

 


 このようなシミュレーションの精度は使用されるコンピュータの性能に比例して向上する。各国がスーパーコンピュータの開発にしのぎを削るのには然るべき理由があるのだ。
                                                                                                                                                                              (更新日 : 2022年12月5日(月))

11月のコラム          モデリング

 ボールを投げる。その軌道は放物線と呼ばれるが、果たしてそれは二次関数で表される既知なものだろうか。初速度のみならず空気抵抗、ボールの回転の状態と形状、大気の流れなどの要素が作用して軌道が決定される。そもそも、万有引力の法則によると、地球もボールに引かれ、両者の重心間の距離の二乗に反比例する力が働く。ボールが地球並みの重さだったら、あるいは、初速度の絶対値が公転速度並みだったら、その軌道を求めるのに一苦労しそうである。

 


 一方で、市販のソフトボールを人間が投げる場合は、ボールが地球に引かれる力は一定で、なおかつ地球は動かないという設定が現象を近似する数理モデルとなり、おなじみの二次関数が軌道を表す式として導かれる。この数理モデルは軍事技術として重用され続けてきた。このように現象を本質的に近似する数式を提示することは産業界において大きな意味を持ち、モデリングと呼ばれる手法そして数学分野を形成する。例えば、新型コロナウイルス感染者数の予測も数式を設定することで得られる。ただし、その数理モデルが本質的か、精度はいかばかりか、という問いに対しては不透明な部分があり、また、確かめる術もない。そのような葛藤のもとで、モデリングの研究者は日夜格闘しているのである。
                                                                                                                                                                              (更新日 : 2022年11月2日(水))

 

10月のコラム        Calcの目指す道標

 近年、インターネットショッピングの発達に伴い流通業の需要が高まっている。実際、自宅アパートの敷地内には大手宅配会社のロゴが印刷された配送車が頻繁に出入りしている。配達を終えたら配送車は次の配送先に向かうだろう。配送業務はこの作業の繰り返しで成り立っている。そうすれば、どの順番で配送先に向かうかという配送計画が必要になる。

 

 カーナビゲーションの目的地は一つであるが、最短距離、最短時間、最小費用等の観点からそれぞれの最適ルートを提示してくれる。「目的地が複数(例えば、100箇 所)の場合でも同じことができるのか?」という疑問から出発して発展したのが、巡回セールスマン問題という名称で知られる数学の研究領域である。結論から言うと、最適ルートを探索する時間は目的地の数に応じて急激に(指数関数的に)増加し、100箇所であっても市販のパソコンでは手に負えない計算量になる。PRESIDENT Online(九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 吉良 知文 准教授 )では、産業数学的解法を提示している。柔らかい言葉で翻訳すると、「最適ルートに準ずるルートであれば短時間で探索できる」という主張である。これが実践されれば、各配送車の配送計画が改善され、会社全体で少なからぬ利益をもたらすことが見込まれる。

 

 このように数理的思考を産業界で活用していく試みが産業数学の骨子であり、弊社Calcの目指す道標である。
                                                                                                                                                                              (更新日 : 2022年10月19日(水))




 


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